人となり

現在の居住地に移住し、台湾人の妻と出会い結婚してもまもなく9年。
慣れない土地で生活基盤を築いていくのは大変でしたが、地域の人にも支えられて自分達らしい暮らしが出来てきたと思います。
以下、二人の簡単な紹介と、筆者(ユウ)のこれまでの略歴になります。
是非ご覧ください。

ユウってこんな人

プラプラしてた20代
20代のほとんどの期間をフリーターとして過ごし、28歳のとき2ヵ月半をかけて中国を1周するひとり旅をする。
その旅で出会った人たちに影響を受け、中国への語学留学を決意。

中国でプラプラする
留学資金を貯めるのに2年ほどかかり、30歳を過ぎてようやく留学へ。
大連と深センに合計2年半ほど滞在。この期間に出会った人々とは本当に濃密な時間を過ごしたこともあり、地元の友人以外にも大事な友人が持てたことが嬉しい。

帰国してプラプラしたかったけどお金ないので就職した
中国滞在中にあちこち大移動していたせいで距離感覚がバグってしまい、日本国内ならどこに住んでも誤差の範囲だなっていうおかしな感覚になる。

帰国するなり某ダーツの旅のノリで移住先を決めて、すぐに引っ越し。2015年ですね。
就職も決まり、少ししたら結婚なんてすることにもなり、新天地での数年は変化の連続で慌ただしく過ぎていく。

会社選びに失敗する
就職先も本当にノリで決めたので、時間が経つにつれ会社の人間関係に悩み始める。
何人か嫌ーーーーーな人間がいましたが、そもそも会社の空気全体が全く自分の体に馴染まなかった。
各部門の責任者が偉そうに幅を利かせて、他の従業員は彼らの顔色ばかり伺ってビクビクしながら仕事をしているという典型的なダメ組織だった。

辞めると決めたら速かった
仕事の業務内容にはなんの不満もなかったが、こんな空気の職場で働き続けても何も良いことはないと思った。
なんといっても、あんなふうに偉そうな人間にになるのも嫌だし、ビクビクした人間になるのも嫌だった。
結婚して間もないということだけが気にはなったが、2年間勤めた会社をあっさり辞めてしまった。

少しお金も溜まっていたのでプラプラしたかったが結婚しているので転職した
とりあえずの繋ぎのつもりで運送会社に入る。(20代の頃、主に配送業をしていたので慣れている為)
家族経営の小さな会社だが社長夫妻がとても良くしてくれるのが本当にありがたい。

肉体的にはきつい仕事だが自分にとって良い点がある。
・勤務時間が短く、そのほとんどの時間を自分一人で過ごす
・仕事以外では一切、経営者家族や、同僚との交流がない

こうして出来た自分時間を謳歌すること3年、コロナ時代の到来。

プラプラするのもなんなんで勉強を始める
あのステイホーム期に何気なく見ていたYoutubeでポイ活、節約、投資あたりの動画と出会う。
することもなかったので妻と一緒になってポイ活に勤しみ、暴落した株式相場を見て、日本株で投資を始める。
株のろうそくチャートなんかを一通り勉強し個別銘柄をひたすら買ったり売ったりする日々。
その1年で50万円位は儲かったが、そもそも日米の株価がV字回復している最中で誰がやっても勝てる相場だった。
儲かったけど、なんかしんどくない?と思い出していた。

インデックス投資との出会い
投資を始めてから、ちょくちょく目にしていたインデックスというよく分からないワード。
自分には関係ないだろうなと決め込み、ずっとスルーしていました。
インデックス投資を自分事として捉えだしたのはポイ活がきっかけでした。
よく見ていた何人かのポイ活系のYouTuberがみんなNISAの話をしていることに気付き、その投資対象がインデックス投資だと知った。
そこから真剣に書籍とネットでインデックス投資について勉強し、これは「絶対に始めるべきだ」と思い、妻と一緒にNISA口座を開き2022年から積立を始める。
以降、約3年間の積立生活を継続中です。

副業へのチャレンジ
旧NISAから積立投資を始め、日々上下する投資信託の値動きも気にならなくなり、あとは自分で決めたルールを守って積立を継続していくだけです。「お金に働いてもらう」ことに関してはもうこれで十分かなと思う。
次にやろうと思ったのが副業をして収入を上げ、「今と将来の生活をもっと豊かにしたい」でした。
ユウ(夫)はWebライターとブログ、キュウ(妻)はinstagramの発信と動画編集に挑戦することに。
2024年末から準備を始めたばかりで、まだまだなんの実績もありませんが、より良い暮らしのために根気よく続けて行こうと思っています。

なんだかんだで、将来プラプラできるように今、頑張らなアカンなーーーーて感じです。